序
「雪国から来たと思っておったが、桜の国から来たのだな。」
帝は、高座で「桜の国」と再度呟く。
「せっかくの新たな幕府。改姓するのもよかろう。そなたは今後、桜國義彦と名乗るがよい。」
第一章
帝のお言葉から遡ること約十年。陸奥宗光は勝海舟の元を訪れていた。
「お前が特赦になってよかった。仕事の当てはあるのか?」
「ご心配をおかけしました。伊藤閣下が留学をしてはどうかと勧めてくださったので、お言葉に甘えようかと。本日は出立のご挨拶を兼ねて伺いました。」
「そうか。」
勝は複雑そうな顔をした。
目の前にいる陸奥は、まだ少年といって差し支えのない時分から見知っているが、藩閥に属していないがゆえに中々日の目を見ずにいた。しかしその優秀さは多くの者が認めるところであり、皮肉にも藩閥権威の頂点とも言える元老・伊藤博文もそのうちの一人だった。
「収監先も便宜を図っていただきましたし、特赦もいただきました。恩義はありますが、これから諸外国と渡り合っていくにあたって、藩閥の後ろ盾があれば無能でも官職を得られる今のままでいいとは到底思えません。薩長同士で潰し合っている間に、外国が攻めてきたら最悪です。」
かつての志士たちも、こんな憂国の志に燃えていたものだが。明治も十年を過ぎると、炎は小さくなり、牙も丸くなるというのに、この男はまだギラギラとした顔をしていた。
そもそも、この優秀な男が投獄されるに至ったのも、薩長の潰し合いともいえる西南戦争が原因だった。
「この先、この国をどうしていくべきか......留学で何か手本となるものが見つかるか、あるいは――。」
「――あるいは?」
陸奥の真剣な表情に、勝は思わず息を吞む。
「帰ってきたら、私が担ぎたいと思える神輿ができていたらいいのですが。」
燃えるような瞳の印象を残して、陸奥は欧州留学へと旅立った。
第二章
数年後。陸奥は再び勝の元を訪れていた。
「見つけましたよ、先生!」
まるで初めて鉄道に乗った子どものようなはしゃぎようで、勝に掴みかからんばかりだ。
「見つけた、とは?」
「私が担ぎたいと思える神輿です。」
出してもらった茶を飲み干して、陸奥は話を続ける。
「昨今、幕府再建論が出ているのをご存じでしょう。」
「......薩長閥以外の人間と、公家から出ていると聞いているが。」
「そう、それです。」
幕府再建論は、その名の通り将軍職を再度制定し、政治体制を幕府に戻そうというものである。薩長が足の引っ張り合いをして政治が遅々として進まない中、主導権を奪われた公家たちが祖霊の廟を参りに京都へ戻った帝を、京都に留めさせたことから始まっている。
公家たちの主張は「近代国家への歩みはそれ則ち近代軍隊の整備、さらには諸外国との戦争に連なるもの」であり、「そのような穢れの多い事象を神道の宗主たる帝を冠として行うのはいかがなものか」というものである。
「公家たちは屁理屈を捏ねて楽な道を歩もうとしておりますが、征夷大将軍の任免権はあくまで帝が所持していたもの。形式的な主導権があれば雑事や政治への批判はすべて押し付けたいということでしょうな。」
「あぁ、本来であればそのような我儘は許すべきではないのだが......。」
「薩長への不満が高まっていたがゆえに、薩長以外の武家出身者や議会が同調してしまいましたからね。」
主導権の奪い合いで薩長閥の人間は力を失ってきており、すっかり幕府再建は重大議事として議会で話し合われる始末である。
幕府が再建されるのであれば、自分が将軍職にと内心思うものは現政府の要職に多いであろうが、倒幕を掲げて維新を達成したのは薩長であるため、表立って言い出しにくいらしい。そもそも現在要職についている薩長の人間は、多くが武士としての身分は高くない。「武家の統領としての将軍職」という側面もあるため、現政権の者たちが名乗りをあげてもいいものかとの声も大きい。
それでは元々幕府を開いていた徳川家はどうかというと、「一度返上したお役目である」と表立っては固辞の姿勢をとっていた。その実、世論が高まれば再度地位につくつもりはあるだろうが、そこに公家連中が「せっかくの文明開化。もっと新しい世にしては」とひっかきまわしたり、爵位や財を持つものたちが都合のいい傀儡を担ぎ出そうとしたりと、維新直後よりも現在のほうが混沌としている状態である。
元幕臣である勝の元にも、応援の依頼や、はたまた自身が立候補しないかとの唆しが日々舞い込むような有様だ。
「正直、つまらない権力闘争にうんざりしている。」
勝は心の底からため息をついた。
「では、先生はご自分が立つおつもりはないので?」
いたずらっ子のような目で、陸奥が言う。言葉の調子から、彼が担ぎたいと思える神輿が勝ではないのだとわかる。寂しいようなホッとしたような、矛盾した気持ちのまま、勝は大きく頷いて見せた。
「無論。将軍の重責はこの老いぼれには重すぎる。」
「まだまだお元気ですのに。」
陸奥は残念がる風もなく言ってのける。
「それで、誰なのだ。お前が担ぎたいと思った神輿は。」
「津軽信彦です。」
「津軽? 伯爵家の?」
顔を合わせていると思うが、信彦という男に心当たりはない。自分が気づかないうちに誰か改名でもしたのだろうか。
「津軽家の縁者ですが、爵位はございません。」
「そうか。どうりで記憶にない。......待て、爵位がないだと?」
「はい。長年続く分家の者で、家康公の養女・満天姫(まてひめ)様の血と、石田三成の血を両方引いているとか。」
「確かに家康公は北の守りの要として満天姫様を津軽家に嫁がせたが......。」
勝は首をひねる。
満天姫の息子である信英(のぶふさ)は三代目の信義(のぶよし)をよく支え、その息子信政(のぶまさ)の後見として津軽藩を支えている。しかし、その血筋は絶えたと聞いていた。そして石田三成の三男が津軽家に匿われていたのも事実であるし、満天姫が嫁ぐ前の二代目藩主信枚(のぶひら)は元々石田三成の娘を正室としていたのも事実である。
更に勝としては、津軽家は戊辰戦争の折、いち早く奥羽越列藩同盟を抜けて新政府軍に味方したという印象が残っていた。
「私も最初は眉唾かと思っておりました。ただ、対面してわかったのです。」
第三章
陸奥が信彦について知るきっかけは、当時憲法の編集を行う部署にいた伊藤博文から、部下たちと飲まないかと声をかけられたことだった。博文の部下に津軽出身の、陸(くが)と名乗る男がいた。
「津軽の殿様はいつもどっちつかずだ。あへずかしい。」
陸がほろ酔いでいうことには、まずは関ケ原の合戦の折は、兄は西軍、弟は東軍とお家が割れ、その後も跡目を三成の娘の子か家康の娘の子かという騒動になり、更に戊辰戦争においては同盟に参加すると言っておきながら新政府につき、ちゃっかり石高を上げたのだと。
「今だってそうだ。伯爵は自分の子が育たず近衛家から養子をもらったが、そのあと実子が生まれて、結局は近衛家に逆らえず廃嫡もできずにいる。」
「よくあることでしょう。」
陸奥がそう言って話を別な方向へもっていこうとする。藩閥による政治を打破したいと考えてはいても、このような場でむやみに主君などを批判することは、陸奥の考えとは異なっていた。
「それだけならよくあることだが、養子は留学中、実子はまだ幼い。不安になった伯爵はとうとう今まで影に隠してきた分家の男にすり寄りだしたんだ。」
主家批判に少々辟易していた面々が、「影に隠してきた分家」という好奇心をくすぐる言葉に前のめりになっていく。
「家康公の養女、満天姫の産んだ子は双子だったという言い伝えがある。しかし1人は影武者となり、二人で一人の人間として政務をこなしたんだ。」
「確かに幕臣としての仕事、幼い藩主の後見、自分の領地の管理なんて、2人で交代でもしないとこなせないな。」
誰かがそう付け加える。確かにな、と陸奥も相槌を打つ。
「表の人間である信英公が亡くなった時、もう1人は生きていたが、一緒に死んだものとして隠居し、ひそかに血脈を繋げていたらしい。そして石田三成の子孫である杉山家と縁を結び、忍者集団をとりまとめていると。」
「おい、急に子供騙しみたいな話になったな。」
陸奥は笑ったが、「南部藩の出身ですが」と一人の若者が声を上げる。
「津軽家が使っている忍の話は有名ですよ。三成公の祖母は甲賀出身だったと言いますし。戊辰戦争の折は、忍に苦労させられたと父が話していました。」
「そうなのか......。」
陸奥は思わず顎をさすった。
「徳川の血と石田の血を両方引く者なぞ、華族の中では珍しくもないが、伯爵が担ぎ出している信彦は、奥羽越列藩同盟の各藩の者には謝罪と、これから政府を支えていこうという話をし、有力な華族たちには自分の存在はかつていがみあった者同士もこうしてひとつになれるという例であると挨拶に回っているようで。何を考えているのやら。」
陸は大きくため息をついた。
「その話ならうちの親族のところにも。東京のお屋敷に招かれると、かの家康公が描かせた屏風を見せていただけるとか。」
「おぉ、あの八曲二双の大屏風を。」
「関ケ原の合戦が描かれており、満天姫が津軽家に嫁ぐ際、前の夫の姿があるからと所望したんだったな。」
「家康公もお気に入りの一品だったが、お気に入りの養女に頼まれて半分渡したとか。」
「家康公が亡くなった時に形見分けとしてもう一隻も満天姫の元に渡ったと聞いている。」
戦の時代を生き抜いた武将たちの逸話は、酒席の定番である。俄かに場が盛り上がりだした。
(津軽の信彦、か......。)
そのうちどの武将が一番かという盛り上がりはするが結局決まらぬ不毛な争いをしだした面々を眺めつつ、陸奥は静かに盃を傾ける。
(たしかに思惑が分からず怪しくはあるが、色々なところに頭を下げることができる人物というのは中々いない......。面白い人物かもしれないし、会ってみたいものだ。)
酒席から数日。偶然にも信彦に会う機会はすぐに訪れた。
その日陸奥は、帰国して初めての桜を見に、ふらりと隅田川に赴いた。元々堤防代わりに植えられた桜が人々の目を楽しませる。
「こんないい酒をくれるのかい?」
不意に陸奥の耳に、酒盛りをしている一行の声が入ってきた。
「飲み切れない酒は残る人に譲っていくのが俺の流儀でね。」
そちらを見ると、そこそこの身分がありそうな男が市民たちに酒を配っているようだった。
「楽しく飲んでもらえたほうがいいんだ。受け取ってくれ。」
そう言ってその人物は、陸奥のほうに歩いてきた。
「おや、ひょっとして陸奥様ではありませんか?」
「そうだが......。」
近くで見ると上背があり、体つきもがっしりとしている。わずかに混じった白髪を見るに、年のころは陸奥とさほど変わらなそうではあるが、白く整った肌はもう少し若くも感じられる。しかし、陸奥はその男に見覚えはなかった。
「お初にお目にかかります。津軽家におります、杉山信彦と申します。」
告げられた名前に、陸奥は目を見開く。
「貴殿が、津軽の信彦殿か......。」
「おや、ご存じでしたか。ありがたいことです。」
そういえば隅田川近くの本所は、元々津軽藩邸があったところだ、と陸奥は思い出す。花見なら上野もいいが、今日は隅田川にしようと決めた朝の出来事すら、何やら運命めいたものを感じてしまう。
「本日はこのあたりで花見の宴でも?」
「いや、散歩がてら来ただけだ。特に宴席の予定があるわけでは......。」
「でしたら、狭いところではございますがうちへいらっしゃいませんか?ちょうど地元の酒が届きまして。」
なるほど風格のようなものは感じつつも、ところどころ混じる訛りが人懐こさも醸し出す。陸奥は目の前の人物にどんどん興味を引かれていた。
「ありがたいお申し出ですが、初めてお会いしてすぐお邪魔するのは......。」
「政府の方々にはよくしろと、伯爵にも申し付けられているのです。それに陸奥様といえば洋行帰り。ぜひ欧州のお話もお聞かせください。」
「そうですか、ではぜひご相伴に預かりましょう。雪国の酒はうまそうですな。」
「はい。きっとお口に合うかと。」
信彦の家に到着し、応接間に通された陸奥は驚嘆する。そこにあったのは八曲二双の大屏風で、家康公が作らせたという贅を凝らした立派なものであった。
「これはまた、見事な......。」
「屏風は立派なのですが、それに見合う座敷がなくお恥ずかしい限りです。」
陸奥が着席するのも忘れて屏風を見つめていると、襖が開いて二人の青少年が酒をもってやってくる。
「陸奥様、これらは息子の鵬一と猪二です。さ、ご挨拶を。」
「お初にお目にかかります。杉山鵬一でございます。」
「杉山猪二でございます。」
屏風の見事さと、息子たちの利発そうで頼もしい姿。なるほど多くの華族の心を掴んでいるのも頷けた。
「ぜひ後ほど、洋行のことをお聞かせくださいませ。」
鵬一は歌舞伎小屋の看板役者もかくや、という微笑みで話す。
「鵬一は幼いころから海が好きでして。この先には大きな大陸が広がっているのだと教えたら、異国のことも書物でどんどん調べ出しましてな。私が伯爵様から側仕えをしないかというお話を受けたのも、帝都で鵬一に外国語を学ばせてやりたいという気持ちが強かったからでして。」
「父上、兄上ばかりで私の勉強はどうでもいいのですか」
「猪二は以前陸軍の少将様にお会いしただろう。お前は外国のことではなく兵法書が好きだものな。」
陸奥は輝く屏風と、見目麗しい親子三人とを見て、不思議と留学先で見た欧州の絵画を思い出した。希臘(ギリシャ)の学堂に集う哲学者たち、さっそうと馬を乗りこなし勝利に腕を突き上げる将たち、そして弟子たちを慈しむ救世主。
「私でよければ、なんでもお話いたしましょう。」
こうして陸奥は、「担ぎたくなる神輿」と出会ったのだ。
第四章
「というわけでございます。」
陸奥の話をかいつまんで聞いた勝は、なるほどと顎をさする。
「お前ほどの者がそういうならば、その信彦とやらはそれなりの人物なのだと思うが、どうして私にその話を?」
きっと何か頼み事があるに違いない、と勝は話を向ける。
「名前を、いただきたいのです。」
きっぱりと陸奥は言った。
「名前?」
「はい、私はこの神輿を担ぐつもりです。そして、先生にも一緒に担いでいただきたいと思っています。先生のことを信彦に話したところ、もし応援いただけるのであればぜひ新しい名前を先生にいただきたいと。」
偏諱は確かに廃れてはいるが風習としては残っている。
「話はわかったが、会ったこともない者を」
「外の車に、信彦を待たせてあります。よければ、会っていただけませんか?」
勝の言葉を遮って、陸奥はまっすぐで強いまなざしでそう告げる。勝はやや面食らって、ふむとまた考え込むように顎をさすった。
「......会った上で断る自由はあるのだろう?」
「もちろんです。」
「よろしい。連れてきなさい。」
十分ほどして、勝は信彦と対面する。
「この度は突然の訪問、ご無礼つかまつります。」
「よい。陸奥が企てたことでお前に非はないだろう。」
「ご寛恕ありがとうございます。」
勝は一目見て、なるほど大人物というのはこういう人であろうという印象を持った。何がそうさせるのかは深くわからなかったが、風格のようなものが強く感じられた。
「さて、どうして私から名前をもらいたいと?」
「閣下には笑われるかもしれませんが、うちにはカミサマ......ゴミソ......いや、東京の言葉でどう言えばいいのかわかりませんが、巫女のような者がおりまして。その巫女が申すのです。閣下にお名前を賜り、新しい名で新しきことを為せ、と。」
「巫女が......?」
巫女の予言、とは随分かわいらしい理由である。しかし津軽の地は北の果て、江戸から遠く離れたかの地では、まだまだ不思議な力というものも生きているのだろうと、勝は己を納得させた。
「新しきことを為すための名とはこちらも気が引き締まる。......私の諱、義邦から義の字をとって、義彦(よしひこ)と名乗るがよい。大事を為すには義の心は忘れてはならないから。」
「素敵な名を賜り、恐悦至極でございます。」
その後、陸奥は駐米大使としての働きが認められ政府での立場もどんどん強くなり、やがて義彦を将軍に押し上げる。
疲弊した藩閥政治の当事者たちと血なまぐさいところに帝を置きたくないという勢力は、あれよあれよという間に、義彦の将軍就任を承認していくこととなる。
第五章
奇しくも陸奥と義彦が初めて出逢ったのと同じ桜の季節。将軍職の任命を得るため、義彦は京都の御所を訪れていた。
帝がいらっしゃるのを待つ間、周囲に控える者たちが言い立てる。
「遠いところをよくいらっしゃいました。」
「そちらはまだ雪深いのでしょう。」
「御所の桜は格別でございましょう。」
案に義彦を田舎者と揶揄する言葉に、傍にいた陸奥や伊藤博文が思わずムッとした表情を浮かべる。何か言おうとする陸奥を制して、義彦が朗々と通る声で言う。
「いやはや、御所の桜は誠に格別ですな。」
ここ数年ですっかり訛りの取れた義彦の声は、周囲に響き渡った。
「津軽の桜はひと月ほど後に満開となりますが、城の桜も見事なものですよ。冬の厳しい寒さと、重い雪に耐え、ようやく花を咲かすのです。冬の間に溜めた力はその分大きく、咲き誇る姿は見事なものです。遠くの地ではございますが、ぜひ一度お越しくださいませ。案内いたしましょう。」
居並ぶ面々が何か嫌味を言い返そうとしたその時、帝のお成りを告げる声が響き渡った。
静かに高座の御簾の中に座した帝は、義彦に面を上げるよう告げる。
「そなたの声はよく通るな。」
「お耳を煩わせ失礼いたしました。」
「よい。それにしても、津軽の桜はそれほど美しいのか。」
「はい。私にとっては日ノ本一の桜でございます。」
「そうか。」
帝は何か考えるように頷いた。
「津軽からやってきたと聞いた時は、雪国から来たと思っておったが、桜の国から来たのだな。」
帝は、高座で「桜の国」と再度呟く。
「せっかくの新たな幕府。改姓するのもよかろう。そなたは今後、桜國義彦と名乗るがよい。」
こうして、桜國幕府は誕生し、その後日清日露の戦争に勝ち、その戦後処理を行った陸奥と共に、日本を列強国へと押し上げていくことになる。
陸奥が義彦を知るきっかけとなった陸羯南は、次のような詩を残している。
名山出名士
此語久相伝
試問巌城下
誰人天下賢
羯南の発破が効いたのかは定かではないが、巌城――岩木山の元で育った桜國義彦は、現在にいたるまでの桜國幕府の礎を作った大人物である。
終

